2004年10月31日

どろどろ3年目(3)

1986年の初夏。「販売情報検索システム」稼動後数ヶ月。いくつかの試練はあったが、何とかそれを乗り越え、次のプロジェクトを進めることとなった。

油事業のシステムの再構築の一環で、大豆や菜種など、油の原料を絞った結果、発生する油粕の販売管理システムだ。

今回は、初めてシステム構築プロジェクトの最初からの参画となった。とても恵まれた役割をいただいたものだ。

当時は、「PRIDE」や「MIND-SA」と言った、システム開発方法論や、システム分析手法が業界に浸透し始めた頃。これらの手法にのっとって、開発プロジェクトが進められて行く事になった。これは大きなチャンス。

まずは「要求分析」フェーズ。さらにこれは、「現状システムの分析」と「新システムのモデル作成」という大きく二つの工程に分かれる。

現状システムの分析では、現状の仕事の生業を調査した上で、問題点・課題等を浮き彫りにする。従って、実際の業務現場に足を運ぶ事が多くなった。

本社で契約・販売する部署の方々へのヒアリングとまとめ。そして、そもそも油の製造についてのイメージを深めるため、初めて製油工場にもお邪魔して見学させていただいた。既に夏を迎えていた事もあり、工場で漂う匂いは、ある意味また格別(!?)なものであった。

何もかも新しかった。

これまでは、常にプログラムや仕掛けに近いところ、つまり下流工程主体の役割であったが、適用業務にどっぷりつかる。当時はまだ、ドキュメントを手書きで起こす時代であったので、業務イメージや業務フローの作成も全てテンプレートと鉛筆を駆使しての職人芸(!?)だった。端末等コンピュータに触れることは滅多に無い。

お客様もこのプロジェクトにはかなり力を投入しているようだ。キックオフの打ち合わせもかなり大規模で行われ、かつ役職者の方もこの仕事にかんでおられた。

そんな状況だったので、打ち合わせの場も、今までに無い緊張感が走る。「自分でやりきれるか」という気持ちは常にあったが、逆にそれを振り払うが如く、開発方法論やコミュニケーション技法等、多くの勉強をし、現場にあたっていた。

初めての事で、とまどいや大変さはあったが、上流工程に参画する事で、仕事をいただいている−というよりも、仕事を動かしている(錯覚かもしれない)という感覚を持つことが出来た。

現状システムの分析から、新システムのモデル作りの工程。
これは、とても身に付くことの多い充実した楽しい毎日であった。

だが、このプロジェクト生活は長くは続かなかった。

・・・・・

プロジェクトが開始して、3、4ヶ月経った頃であろうか。先の4月に本番を迎えたシステム「販売情報検索システム」のご担当より1本の電話が鳴る。

「このままでは販売情報検索システムの維持が成り立たない。会社としての対応を求む。」
実際の言葉は柔らかめであったが、これはクレームだ。

私がこの担当を離れた後は、協力会社2名の方をこのシステムの維持担当として引き継いでいた。が、実態として、荷がきつかったのだろう。時折、オンライン・バッチを問わず、トラブルが発生していた旨、伝え聞いていた。

おまけに、その後もデータ件数は増加の一途、また、情報検索リクエストの件数も予想をはるかに上回り、要求レスポンスに応える事が出来ていなかった。

そんな背景の下のご依頼だ。直ぐに会社上司と相談した。このシステムの状況を短期間で打破する為には、従事していた人間の復帰が必要だった。ところが、当時の方々は、他の部署の方であったり、協力会社の方であったりして、それぞれが他の職場に移動しており、戻っていただくのは不可能だった。

・・・自分しかいない。・・・

背筋にピーンと張り詰めるものがあった。

結局、油粕の販売管理システムは基本設計以降、他のメンバーに引き継ぐ事となり、自分は元居た鞘に戻る事となった。

必要とされるのは有難い事だ。今ならそれを素直に喜べる。が、当時はまだ若く、むしろやるせない気持ちになった記憶が深く残っている。

・・・・・

2年目より担当していたのはバッチでデータベースセッティングするものであったが、もう人が居ない。このシステムの全ての機能について問い合わせやトラブル対応にあたり続けた。この検索システムのエンジンに相当する部分や、技術的にはSASについては必要に迫られ、ほぼ0から勉強しつつ、維持を行っていた。

具体的には、少しでもパフォーマンスアップ可能と判断出来る部分はバッチ・オンライン検索機能を問わず、虱潰しに調べた。限られた時間の中で対策をお客様と検討し、対応していった。また、途中再びマシンスペックが耐えられないと判断し、例によりマシンを外部より借りて人間スケジューラと化す事もあった。

日々格闘の連続。きつい...。

販売情報検索システムに始まり、途中横道で貴重な体験をしつつも、最後にはまた元に戻ってさらに倍−と思えるほど、このシステムに首まで浸かった3年目であった。

ふぅ。。。

シグマクレスト
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sigma1126 at 12:59│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!
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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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