2004年10月06日

入社・そして研修

 1984年4月、私は日本情報サービス(現 日本総合研究所)に入社しました。文系出身でてっきり営業職に配属−と思っておりましたが、いきなりプログラム研修が始まりました。研修は、4月から7月末。最初の2ヶ月間はアルゴリズムの実習及びCOBOLプログラムの実習。今を思えば、この2ヶ月間の集中力が今の自分を支えているといってもいいでしょう。高校より合唱サークルに身を置き、学生指揮者として、大学卒業までほぼそれを命に行動しておりました。従って、それとは全く趣が違う状況で、仕事で自分を表現していく事にはかなり怯えがあり、恐かったのです。だから、「一分一秒でも気を抜くことなく、早く仕事が出来るようになって認めてもらいたい」という気持ちで、自分で言うのもなんですが、かなり頑張ったつもりです。
そして、後半2ヶ月は、いわゆる駆け出しSEの真似事、バッチシステムの設計の練習のような事を行いました。ここでは、外部からデータをもらって、マスター更新を行い、結果を帳票出力する−という一連の流れを手分けしてジョブ設計−プログラム設計−プログラミング−テストという工程を体験しました。
 今思っても、この研修はかなり良く出来ていると思ってます。現在、新しい仲間を迎えるにあたっての準備にも脈々と生きている−といった感じです。
 さて、研修最終日の7月31日。「高橋和美君とXX君とYY君は明日まず人事部へ行くように」と、研修担当の先輩の話。既に配属は「流通シグテム営業部」という部署に対して既に4月の時点で出されていたのですが、もしかすると働かずして人事異動?−という妙な感覚で8月1日、仕事デビュー日を迎えたのでした。
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sigma1126 at 14:05│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!
▼SEとしての道のり 

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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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