2017年01月04日

■2017年 「ゆとり」

DSC_08972017年、あけましておめでとうございます。
今年は、いつにも増して、穏やかな正月三日間だった。日頃の喧騒が少しでも和らぐようにとの計らいだったのだろうか。
今年も、いつもと概ね変わらぬ淡々とした時間を過ごした。この「いつもと変わらぬ」という事が一方非常に有難いことなのだと改めて感じさせてくれる。自らの年末のバタバタ感を一旦リセットさせてくれた。四季という季節感。そして、この国の年中行事など、「節目」の有り難味も一層感じた。

さて、今日からまた仕事始め。ここからまた喧騒状態に入っていくわけだが、このままズルズルと、そこに飲み込まれていくだけなのも癪なので、まず年始にわずかばかりの抵抗を。

2017年。今年のテーマの一つは、「ゆとり」。

・・・・・



「ゆとり」というと、教育関連で、今はややネガティブな響きに聞こえるかもしれないが、今、自分に最も必要なのは、この「ゆとり」なのだと感じている。もう少し正確に言うと、「ゆとりを持つ術を身につける」という事だろうか。

ここ数年、仕事は大きくその業容を拡げ、また陣容も大きくなった。目指すべく羅針盤も見定め、ポイントしたマイルストーンに確実に向かっているのは感じている。ただ、その中身はどうか。つまり、この集団を構成する仲間一人ひとりの心の内側は充実しているだろうか。また、私達を周囲から見守ってくれ、応援してくれている方々は少しでも豊かになったのだろうか。疑問が残る。

ことさら話を自分に向けた時、自分の心は豊かになっただろうか。成長を遂げることが出来たのだろうか。反省すると、日々の忙しさ(と感じてしまうこと)から、目の前のハエを追い払う事に心は終始してしまっていたような気がする。もちろん、「目の前」とは、今日明日のことだけではない。先のことも考えているはいるのだが、その一つ一つが悪く言うと、「やっつけ」になっていたということ。惰性で過ごす事が上手になってしまったとも思える。

その影響は、自分から、粘り強さを奪い、一つ一つの「やるべきこと」をやり切らず、ある程度のところで、「ま、いっか」という状況をもたらした。この病巣の根っこは、恐らく深い。

この状況を脱出するためには、経験的には、自分にムチを入れすぎるのではなく、逆に勇気を持ってスローダウンすることも必要なのだと思っている。つまり、やるべきことをもっともっと絞って、ゆっくりじっくり考えて言動していくことが今、自分に効果的なのだと。

「やるべくことが多い」という事を、非常に恵まれていることだと感謝して、心にゆとりを持つ、その術を身につけること。これが今年の自分の最大のテーマ。

2017年12月31日まで、忘れずに認めておく。

sigma1126 at 08:11│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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