2015年06月04日

■復職物語

DSC_0610-2晴れ間が見えるが雲の多い朝。天気予報サイトでは、今日も30℃近いところまで気温上昇するとの事。ただ、肌感覚的には今はいくぶん涼し目で、「朝から暑っ・・」と顰め面になるほどではない。逆にこの後気温は上昇していくということではあるが。

一昨日晩、全仏の錦織選手は残念でした。ただ、この大会ではベストを尽くされたと思うし、何より未だ成長の伸びしろを見る者にも感じさせるプレーぶりは、本当にワクワクものだ。さらなる応援をし続けたくなるし、次のウィンブルドンも楽しみになってくる。

さて、5月が決算期の私たちなので、この期末期初は、やや非日常となるのだが、先日紹介した、素晴らしきご縁で新たに仲間に加わったメンバー、そして、嬉しき復帰を果たしたメンバーもいる。



・・・・・

「私、子供を授かったんです。」

幸せな報告を受けたのが、かれこれ2年以上前になるだろうか。もちろん、新たな命、家族を創りあげていくご本人にとって一大イベントである事は間違いないが、私達にとっての「小さな初体験」も、この時からスタートした。そう、仲間の女性社員がご結婚、そしてご出産する事を初めて体験する時がきたのだ。

もちろん、ルールという意味では、当初作った就業規則で、産休・育休などの制度は盛り込んである。また、その状況を迎えた時に、会社として出来得る限りの支援を行う意思はあった。だが、やはり体験してみると、意思とは裏腹に、整備しきれてない部分や、運用上の諸問題が表れる事となる。

産休に入られ、離れたところから静かに見守る。そして、無事にご出産−との嬉しき便り。「孫」でもできたか・・というような失礼ながら妙な感覚にほくほくした。そして、大切な育休期間に入る。

ここから私達も、本格的な「明るいその後」を見ての取組が始まった。国の法改正などに合わせて、なるべく復帰し易くなるような準備を進めていった。

「育休って、1年とかでは短くて、3年くらいに伸ばす?」
「いやいや、3年も経ったら逆に仕事も忘れて戻りにくくなるのでは?」
「それだったら、時短の制度とか、再雇用の制度を作って、戻ってこれるハードルを下げてあげた方が・・・」

そこそこの会社では既に通り越したような課題を、今まさに役員が顔を突き合わせて真剣に議論する。だが、簡単に「こうしておけばいいでしょ?」的な「間に合わせ」ではなく、こうして真剣に取り組む事で、自分達もきっと成長している取組だと思う。ありがたい機会をいただいたものだ。

幸いにも、ご本人、復職への意欲が高かった。こんな小さな所帯であっても、「戻ってきたい。」という気持ちはこの上無く嬉しい。実際問題、生まれて1年や1年半で、母親が子供と離れている時間が増えるのも、未だ一部では揶揄されるかもしれない。が、これも世の流れ。少なくともここ日本では、1人の子供をその家族のみならず、その周囲全体で大切に育てていく世の中になっているということ。

だが、育休期間満了の時期に、実際は復職の環境が整うとは限らない。地域差はあれど、なかなか思惑通りに事は進まない。そんな中、「次」に進んでいく為に、ご本人も努力を重ね、そして私達も「この場合はこう、あの場合はこう」と、ご本人が事情に合わせて選択できるカードをいくつか用意して、互いに状況を確認しながら静かに「その時」を待った。

そして迎えたこの期末、とうとう環境も整って、見事に復帰!

復帰を素直に喜び、暖かく迎える仲間の面々と、ご本人のやや緊張気味ではあるがすがすがしきその姿。

「One for all,all for one」という言葉が、心の中で静かに響いた。

sigma1126 at 08:36│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!
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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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