2015年04月23日

■めまいがする状況

DSC_0422-2少し早足で歩くと汗ばむ気温の高い木曜日の朝が始まった。天気予報によると、これからGWにかけては、概ね穏やかな良い天候に恵まれるだろうとのこと。特に晴れなければ困るという予定もないが、なんだか心は和むもの。

昨夜、突然飛び込んできたニュース。俳優の萩原流行さんが不慮のバイク事故で亡くなったとのこと。非常に存在感のある個性派な方。何故かその特徴あるふるまいや言動が、時に心地よく、非常に好きな俳優さんだっただけに残念だ。ご家族も悲痛な事だろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。

流行さんと言えば、特に私達世代がすぐにイメージするのが「蒲田行進曲」だ。故つかこうへいさんの劇団がトレンドだったあのころ、高校から大学に入った頃の事を思い出す。


・・・・・

高校から大学に行く事で、嫌でも視野は拡がらざるを得ないもの。高校時代は、都立だった事もあり、当時の学区制で言えば、練馬区・中野区・杉並区在住(或いはそのエリアの中学出身)の生徒が集まっていた為、不思議と活動エリアもそのゾーンを中心としていた。これに対し、大学では同じ東京内と言えど、四ツ谷という中央に位置している場所で、なおかつ学生は全国から集まってきている。おまけに、学校柄というのもあるのだろうが、教授の中に占める外国人の方(神父さま)比率がかなり高かった。まぁ、ある意味、当初はめまいがするような環境ギャップだったのを覚えている。

以前触れたように、学費は自分で稼ぐ事を条件に大学進学したこともあり、まずバイトを考えた事は確かなのだが、深夜時間帯にバイトを入れて時間を浮かして自由を手に入れようとする荒技が功を奏して、何とか学校での授業、バイト、そして、その他の活動も出来る状況に仕立て上げる事が出来た。最初の頃は未練がましく、高校の合唱サークルにOBとして偉そうに通う事が多かったのだが、やがてそれだけでは自らを満たす事ができなくなっていき、色々な探検を試みた。

・先輩の別荘で「人間はどれだけ眠らずに起きていられるか実験」
・バイト(ミスド)での交友関係が広がったくれの頃、まだ未成年にも関わらず、初めて飲んだウルトラマンジュース※の味と、初めての泥酔。。
・日本フィルオーケストラ主催のベートーベン第9合唱への参加
・高校の大OBの方が発足運営していた合唱団での演奏会参加
※「ウルトラマンジュース」・・・日本酒をベースに、焼酎、醤油、鍋の出汁などを加えた泥酔希望者必須のカクテル

どれもこれも、自分の殻を破るには良い体験で、時には限られたお金と時間の狭間の中、臆病であったり、傲慢な自分、めめしい自分とかなり多くの時間、向き合う事が出来た。

やがて、年を越し、大学2年へ向かう頃から、大学の混声合唱団に入団し、そちらを軸にした大学生活を満喫する事になるのだが、いやはやあのほんの1年余りの時期は、ある種自分が大きく成長(衰退?)した期間の一つだった事は間違いない。

ほとんどの方もそうであろうが、人の成長は、決して直線的ではない。何年か悶々としたあげく、何かの拍子にぐっと変化するもの。年齢が進むと、なかなかその機会を外部から与えられる事が少なくなってくる。なので、あえて、何年かに1度は自らを大海に投げだすような状況を作った方が良いということだ。

「いつまでも進化し続ける」という覚悟が必須条件。

sigma1126 at 08:47│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!
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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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