2008年04月10日

■博士

91ccf394.jpg川崎のラゾーナの飲食店街。ここが建ってから数度となく足を運んではいるのだが、常に人で溢れ返っており、予約なしでは入店不能状態が続いていた。結局、これまでは、お客様主催の宴会で1度2度程度しただけだ。

書店は時折出かけて利用しているのだが、飲食店については、お客様現場から「近くて遠い」場所であった。

今回、思い立って予約。場所は、越後のお蕎麦屋さん。

越後叶屋



・・・・・

この水曜日。恒例のサシで語る会だ。4月第一週は何かとバタバタしている事を想定して、1週間間を置いて2週間ぶりの開催となる。

比較的に若い仲間から始めたこの企画。14名中9名目ともなれば、徐々にお兄さん方との語らいとなり、次第に話題は個人そのもののところから、チームの事や会社の道筋など、視野の広い部分に移っていくもの。今回も、話は大いに盛り上がった。

この日のゲストは、自分が以前勤務していた会社での部下であった仲間。形としては、この会社を立ち上げてしばらく後に、幸いにも自分についてきてくれた格好だ。

たまたま彼が当時の会社に学生身分で会社説明会に足を運んでくれた時、その説明会の企画取りまとめ及び司会を自分が務めており、一部仕事内容のプレゼンも行った。その時が出会いとしては初めてだ。その後、入社試験にも来てくれたのだが、その時の面接官も自分。彼とは、その時からの縁でこれまで過ごしてきている。

理系出身という事もあって、彼が新入社員で入ってきて間もなく、自分は彼を「コンピューター博士」として育って頂こうと決心する。が、当時のその会社は技術系(制御系)土壌がほぼ皆無であったので、お知り合いになった制御系業務をやられている会社さんに彼を修行で預かってもらうことにした。しかもたった一人で。

時折自分は見た目乱暴な事をする。彼は新人でありながら研修明けてすぐに単身全く別の知らない会社に行かされる事になった。非常に不安、かつ、自分と会社に懐疑的な心を持った事だろう。

だが、恐らくは泣きたくなるほどの心細さの中、我慢してその耐える姿は、今を思えばご両親から素晴らしい環境と教えの中で育てられた様子を伺うことが出来る。

さて、そもそも「博士」としての素養を感じた事もあり、この会社の門を叩いてくれた時も、「いずれはお前を博士として・・・」と彼に投げかけた。その思いは、彼が新卒時に出会った時も、この会社にて再会した時も変わらない。だが、実は今は会社都合で彼にはそれとはほど遠いリーダーへの道を突き進んでもらっている。いわゆる「スペシャリスト」ではなく、「ゼネラリスト」の道だ。

最近、彼の活躍ぶりを拝見するに、「結構彼は博士ではなくて、この路線で管理職の方向なのかな・・・」と考えて彼に直接聞いてみた。すると、「今はやるべき事を頑張ってやっていこうと思っているだけです」と、涼しい答えが返ってきた。なかなか骨太く、かつ味わい深い言葉であった。

営業、採用、教育、そして組織・・・と、大きく成長した彼との話題は大きく展開。その中では意見の一致を見る場面も数多く、自分と観点が近づいてきたのを感じる。

今回も、放っておけば時間を忘れていつまでも語り合ってしまうような充実した幸せな時間となった。「明日本番移行があるんです。」の責任感がなければ、「オール」となる恐れ(?)も。

「博士」に乾杯。

sigma1126 at 23:55│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!
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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
月別