2007年02月19日

■「たら」「れば」は禁句?

「あの場面で、×××だったら良かったのになぁ。」

「もう1週間早ければ、×××が出来るのに。」

ビジネスの世界に於いても、またある意味プライベートでも、「・・たら」「・・れば」は禁句扱いされる事が多い。自分も、「たられば」をしている相手に向かって、「今さらそれはやめよう・・・」と言う事も多々ある。

起こった結果に対する前提条件を覆してみて、「もしそうだったら成功してたのに・・・」と嘆く姿は、却って成功できなかった事の心理的ダメージを膨らまし、それを発言する事で、その場の沈滞感はより一層のものとなるものだ。

また、もはや有りえない事を口にする事は、言わば現実逃避で、「今この現実」からの脱却を図ろうとするスタンスから見ると、あまりに後ろ向きだ。

一般的には嫌われる言い回しだ。

だが、全ての「たられば」がいけない−という事ではないと思う。

それは、「もし×××だったら・・・」の×××が偶然な事なのか、必然な事なのか。違う言い方をすれば、予測可能だったか否か・・・という事による。

それが、予測不可能な事であれば、それこそ「ないものねだり」であり、嘆く事は本当に意味のない無駄な事となる。

が、もし予測可能であったならば、扱いは変わる。その嘆きは、きっちり「反省材料」として、自己、ないしチームとして受け止められなければならない。次に同じ失敗を繰り返さない為にも。

ある時に、「×××だったらなぁ・・・」で、
次に似たようなケースでまた、「×××だったら・・」とやっていたら、「君は馬鹿か」という話である。

予測可能な事について、「×××だったら・・」と、それを反省材料とし、それを次回に繋げる事は、成長の為には避けて通れない自己サイクルであると同時に、自己ナレッジウェアなのだと思う。

さらに一歩進めると、「それは予測不可能だった・・・。」と、簡単に判断する事にも問題がある。

つまり、予測不可能だった原因を突き詰める事で、予測の精度を向上させる事が出来るかもしれない−という事だ。
例えば、技術が進んだとは言え、「天災」や、それに順ずるものを予測する事は、ほぼ難しいと言っていいだろう。ビジネスの世界でも、誰かの病気や怪我、或いは突然の停電や故障などは、ある種どうしようも出来ない事象だ。

ただ、情報収集不足や準備不足で見抜けなかった−というものも多数存在する筈だ。ある情報がちょっと耳に入っていさえすれば犯さなかった失敗。事にあたる前に少しでも作戦を練って置けば間違えなかった判断。多々ありそうだ。
この事に気付いたならば、是非、いつどこで誰がどのように情報収集するか−の仕組み作りを行ったり、事前準備の習慣付けを行ったり−という活動に向かわせたい。

「たられば」は、時に「金」に匹敵するものを提供してくれるかもしれない。
そのわずかな価値を見逃さないようにしたいものだ。

sigma1126 at 16:25│このブログを人気ブログランキングで応援する | Comments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!
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この記事へのコメント

1. Posted by 平松@アイアイシー   2007年02月19日 18:36
何に「着目するか?」につきると思いますね。
「結果」を求めるのであれば、「たられば」は禁句。
「プロセスを学習させる」という意味であれば、反省の意味での「たられば」は必要不可欠だと思います。

ブログでも書いてますが、ボクは仕事に一番重要なスキルは「想像する能力」だと思っていて。
それを鍛えるためには、「失敗したときに成功するための【たられば】をいかに正確に想像できるか」という点にかかっていると思っています。

なるべく「結果偏重」にならないように気をつけたいものです。
2. Posted by 土の香りのソフト屋さん   2007年02月20日 07:36
>平松@アイアイシー様

有難う御座います。
仰るとおりですね。私もそのように思います。想像−計画−実行・・結果はこのプロセスの繰り返しの終着点でしかないので、このプロセスの中にこそ、成長エキスがたっぷり含まれると思います。

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よろしくお願いします
土の香りのソフト屋さん
高橋和美

1984年 銀行系シンクタンク入社
その後、中小ソフトハウスにて経験を積ませて頂き、
2001年9月10日、螢轡哀泪レストを東京五反田に設立

当初6名で始めた会社も、徐々に体制が大きくなり、目下数々の壁に体当たり中。

夢は、第一線を退いても自分の居場所となる憩いのエリアを設立すること。

一人の成功は望まない。
仲間との成功分かち合いを好む。
年に一度はビールかけをするような元気で暖かい仲間・集団、そしてそれを周囲に伝染させていきたい。
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